第6回『迷路』
鬼平は天明7年(1787年)より8年間長官を務め、部下とともに身命を賭して盗賊の追捕に当たったが、その代表例は『迷路』(文春文庫22巻)の時であると思う。
盗賊・猫間の重兵衛は、義弟・池尻の辰五郎が鬼平に包囲され自殺したと娘から聞き、復讐を誓う。ある日浪人に鬼平が襲われたのを皮切りに、部下の与力、親戚の旗本の家来、役宅の下男、親しい医師の弟子が次々と暗殺された。1ヵ月たっても手がかりがなく、幕閣では、鬼平が辞任すれば暗殺は止むとの考えも出始める。
他方、猫間は盗賊・法妙寺の九十郎に、江戸へ放火して盗みを働くことを頼む。しかし、法妙寺は密偵とは知らず、元盗賊の玉村の弥吉に助力を頼んだため、その手下が弥吉に押込み先は鉄砲洲の薬種問屋ともらし、また自分の深川の盗人宿も改方に知られてしまう。鬼平は、先頃この問屋に入ろうとして自殺した池尻の事件を思い出し、池尻の義兄が弔い合戦のため法妙寺の力を借りたと推測する。
さらに、問屋に出入りする引込み役の座頭がいる築地の盗人宿もわかると、鬼平は頭を丸め、一線で見張りや尾行に当たる。ある日深川の盗人宿から出てきた、自分を襲った浪人をつけると、飯倉の盗人宿に入り、そこには人相書通りの法妙寺がいて、ついに二つの線はつながった。
しかし、親戚の庄屋の下男が暗殺される事件がまた起きた。鬼平罷免の動きが強まる中、鬼平は妙法寺一味に狙いをしぼり、監視をしていると、築地の盗人宿から女が旅立った。あとをつけた密偵・彦十は、昔本所で悪事を働き、鬼平に右腕を切られ、恨みを持つ元御家人・木村源太郎(猫間)と女(猫間の娘)が深谷で会うのをついに発見した。この報告を受けた鬼平は、佐島与力に、明後日明け方に法妙寺の盗人宿の一斉手入れを命じて、自分は翌朝浪人たちの隠れ家を襲ってこれを倒し、改方の先発隊を追って深谷へ急ぐ。
その夜鬼平の罷免が決定された。しかし、それを申し渡した佐島与力から鬼平の計画を聞いた上司京極備前守は、自分の責任でこれを許可する。
鬼平に逮捕された木村は、昔本所で鬼平が自分の盗みの見張りをするなど、悪行を行ったと町奉行所に訴え、上級審の評定所が取り調べることに成功するが、自宅謹慎する鬼平に半年後長官復帰の断が下り、部下たちは歓喜して鬼平を役宅に迎えるのであった。
なお、作者はあの『星の王子様』で有名なフランスの作家サン・テグジュペリの影響を受けた。その作品の1つ『夜間飛行』(新潮文庫)は、1930年頃南米で郵便を夜間飛行で運ぶ操縦士と支配人の話だが、登場人物はそれぞれ義務である危険な仕事に献身的に熱中し、それを成就したときにただ幸福な安息を得るだけである。そういう人間の生き方に共鳴した作者が鬼平と部下たちの世界を作り出しているのではないか。『迷路』を読んでいるととくにそう感じる。