第18回『麻布ねずみ坂』

 『麻布ねずみ坂』等では大坂と江戸の闇黒街の二大顔役が登場するが、これには番外編もあり、それがまた面白い。

 『暗殺白梅香』(文春文庫第1巻)では、鬼平が香水をつけた浪人金子半四郎に暗殺されそうになる。彼を仕掛人にしたのが大坂の香具師の元締・白子の菊右衛門、暗殺を頼んだのが両国一帯の香具師の元締・羽沢の嘉兵衛で、くちなわの平十郎に頼まれたからであった。羽沢は『むかしの女』(第1巻)で浪人集団に再び暗殺を頼むが、失敗する。

 『麻布ねずみ坂』(第3巻)では、指圧の名手・中村宗仙が京都で白子の妾・お八重と深い仲になる。白子が「五百両でお八重を買え」というので、中村は江戸で荒稼ぎもしつつ取立て役の浪人・石島に支払いを続けた。一方鬼平の部下・山田は、荒稼ぎに疑問を持ち、麻布ねずみ坂の中村宅から出た浪人を密偵等と調べると、浪人は石島という白子の子分で、羽沢の世話を受け、高崎で立派な道場を建てていた。そして山田は中村を襲撃した浪人を斬り、白子の子分を捕らえる。

 鬼平が中村と子分を詮議すると、中村は期限内に五百両支払ったが、石島が二三〇両横領していたので、「女を中村に渡すのが順当と白子に申せ。行方不明の石島は高崎にいる」といって、子分を釈放する。ほどなく白子は五百両を返し、中村は殺されていたお八重の墓を建てる。さらに石島が暗殺され、鬼平は「白子め。やるのう」というのであった。

 すっかり鬼平に敬服した白子は、『兇剣』(第3巻)で、対抗勢力の高津の玄丹から虫栗一味の残党を紹介され、四百両で鬼平の暗殺を頼まれるが、その手に乗らない。そして高津が鬼平を襲うが、逮捕されると、土蔵の残党を始末し、お金を奪い、在洛の鬼平に会ってお礼をいえないかと考える白子であった。

 ところでこの小説の11年後の昭和55年、『夜明けの星』(文春文庫)が発表された。そこでは生活苦から深川の煙管師を殺した堀辰蔵が、仕掛人三井に拾われて仕掛人となり、三井や羽沢の依頼で人を殺し、その都度大坂の白子屋に逃げ、また人を殺した。そして三井の依頼で羽沢を殺すが、その三井に狙われ、三井を殺すという泥沼に陥る。

 一方その後懸命に働く煙管師の娘お道は、大店の内儀の目にとまり、厳しく仕込まれて若旦那の嫁になる。そして父の死から25年。お道は敵の堀とは知らず、行き倒れの老人をやとい、その老人が浪人4人を相手にお道の娘を救い、死んでゆく。なおこの小説は46年の『平松屋おみつ』(『おせん』新潮文庫)のリメイクで、両方読むとさらに面白い。

 また、白子屋達は梅安シリーズにも登場する。57年の『梅安乱れ雲』(講談社文庫)では白子屋が梅安に仕掛人二人を放つ。その原因を作った剣客小杉は白子屋を殺そうと大坂に向かう。梅安は追いかけて連れ戻すが、道中仕掛人の一人田島の病気を偶然治してやる。他方江戸の顔役・音羽の半右衛門は、妾をさらって、白子屋を江戸におびき寄せる。江戸に来た白子屋は梅安に仕掛人を送るが、田島が救う。これで怒った梅安は単身宿に乗り込み、またも田島に助けられながら白子屋の首筋に仕掛け針を打ち込む。そこへ音羽の依頼で白子屋を狙う小杉達も侵入し、秘密の通路から梅安を脱出させる。これも是非御一読願いたい。