第37回『敵』
中村吉右衛門主演の第21話「
ある夏の日、平蔵の剣友・岸井左馬之助は三国峠へ着き、木立の中で昼の弁当を使うことにした。この春、亡父の友人の越後・塩沢の町年寄・富田梅右衛門から招きを受けて約1ヵ月間塩沢で遊び、江戸へ帰る途中である。
その時刃と刃が撃ち合う音がしたので、その方向へ忍び寄っていくと、木立の奥の草原で脇差を向け合った2人の町人風の男がいる。1人は小柄だが精悍な若者で、もう1人は白髪混じりの6尺余の大男である。
その大男が、与吉、お前の親父を殺したのは俺ではないと何度も叫ぶ。だが若者は言い訳するなと怒鳴り返す。説得を諦めた大男は、そうか、それならいい、俺達の
実はこの大男は大滝の五郎蔵という盗賊である。若い頃本格の盗賊・蓑火(みのひ)の喜之助の配下となり、貧しきは奪わず、殺さず、犯さずを守るお盗めをみっちり修業した後、五井の亀吉と共同で頭(かしら)を務める形で独立を許された。
そして10年前、2人は7名の配下を従え、駿府城下の笠問屋・川端屋に押し込み、320両を盗んだ。これを配分し一味は1年後を約して散ったが、それ以来亀吉は行方不明となった。7人は並び頭が足を洗ったに違いないといったが、五郎蔵は自分に黙って足を洗うはずがないと思っていた。
その後色々あったが、昨年の春、五郎蔵は上州・沼田城下の材木商・須田方へ押し込み、200余両を奪い、それを次の支度金として三国峠の谷底の盗人宿・坊主の湯へ隠した。その上で五郎蔵は来年秋に日本橋の呉服屋・茶屋方へ押し込む計画を練り、各地の手下に江戸へ集まる様指示を出した。また富治、千次郎等4人の手下を連れて支度金を取りにきて、昨日手下に各々40両を持たせ、江戸へ出発させた。
今日は五郎蔵がお金を持って出発したが、亀吉の伜・与吉が待ち伏せ、親父の敵討だ、10年前親父を殺し、金を奪ったな、谷底の盗人宿も知っているぜ、江戸の
坊主の湯へ戻った五郎蔵は番人の嘉六に相談をすると、老人は10年前7人がいったことは本当だろうかという。そういえば、錠前師の小妻(こづま)の伝八は
一方岸井は五郎蔵を尾行して坊主の湯の会話を盗聴し、さらに本所の
これを受けて平蔵は、岸井に与吉のいった密偵はハッタリだと述べた後、密偵・粂八を呼び、五郎蔵の人となりを尋ね、花屋を見張る様指示し、さらに酒井同心を呼び、茶屋方へ入る引き込みを見張る様指示した。
他方江戸へ戻った五郎蔵は、毎日花屋を出て知り合いの盗人宿を訪ね、小妻の伝八の行方を追ったが、行方は分からない。だがある日五郎蔵は、蓑火一味で世話になった
五郎蔵が早速目黒村へ会いにいくと、老人は嫌な顔つきになり、2ヵ月前、一味の与吉がやってきて、お前さんが親父を殺したので、敵討に行くといっていたが、本当かと聞いた。そこで五郎蔵は与吉を斬ったことも含め総てを話すと、老人の眼から怒りの色が消え、与吉に嘘を教えたのは小妻の伝八だと極秘情報を漏らしてくれた。
その翌々日、五郎蔵が己斐の文助を上野の鰻屋・大和屋へ招き、更なる情報提供を頼むと、文助は一昨日夜に宗平どんが行方不明になったという。初鹿野の身内にはお前さんが訪ねたことを話していないというが、何か得体の知れない不安が五郎蔵を襲う。
その後五郎蔵が花屋へ帰ったのは夕刻であった。灯がついていないので、急ぎ中へ入ると、血の臭いが立ち込め、土間に番人の利兵衛が殺されていた。また地下蔵の200余両の支度金や茶屋方の間取図が無くなっていた。ここにいては危険と思ったが、五郎蔵は地下蔵の下の土に利兵衛を埋めてやり、蔵への出入口も無くしてやった。
それから五郎蔵はもう一つの盗人宿・小梅村の百姓家へ向かった。そこには彼が片腕と頼む富治の他に千次郎、福太郎がいる。途中
富治が戸を開け、中へ入ると、炉端にいる千次郎と福太郎の眼に嘲笑の色が浮び、五郎蔵はハッとした。その瞬間後ろの富治が短刀で背中を刺しにきたが、五郎蔵が振り向いたのと同時であった。五郎蔵は土間へ身を投げてかわしたが、肩から左腕の上部を切り裂かれた。跳ね起きた五郎蔵は短刀を抜き構えると、板の間の奥の障子が開き、小妻の伝八が現われ、亀吉を殺したのは俺だ、与吉をたきつけたのも俺だ、お前の盗めも子分達もこれからは俺のものだといい放った。
腕利きの4人囲まれ、死を覚悟した五郎蔵が最後の反撃に出ようとした時、表戸がドンといって倒れ、平蔵と岸井が飛び込んできた。五郎蔵、後は引き受けた、亀吉親子の敵の伝八を討ち取れというと平蔵は逃げる伝八の頭へ棒を投げ、よろめく伝八の
この間に岸井が富治、千次郎、福太郎を峰打ちで倒してしまい、脇差を振う伝八と短刀を突っ込む五郎蔵の決闘が土間から戸外へ移り、改め方の者が見守る中、やがて五郎蔵が利兵衛の敵でもある伝八を討ち取った。
その夜、五郎蔵は役宅へ引き立てられたが、そこに行方不明の舟形の宗平が待っていた。驚く五郎蔵に平蔵は、剣友の岸井殿がお前を三国峠から尾行していたのだ、宗平を捕えたのは俺だ、宗平が総てを話してくれた、だからお前に敵討をさせたのだと説明すると、五郎蔵はむせび泣いた。
少し間を置き平蔵が、与吉を殺したことをどう思っているかと聞くと、五郎蔵は、悔むばかりで一日も早くお仕置をお願い申し上げますと答えた。そこで平蔵が与吉への供養と思い、この平蔵と命がけで働かないか、舟形も承知してくれたぞというと、宗平も長谷川様のためにやろうじゃないかと勧める。かくして2人は義理の親子となり、共に改め方の密偵となった。
ところで映画の筋は小説と少し違っている。己斐の文助は女房のお浪を苦界に売り飛ばしたが、重い肺病にかかると、お浪をそのままにしては死んでも死に切れない。その胸の内を察した五郎蔵はお盗めを再開し、お浪を身受けして2人を会わせてやろうと考える。だが五郎蔵一味の乗っ取りを図る小妻の伝八は、文助を殺し、五郎蔵も窮地に追い込むが、平蔵がこれを助け、亀吉等の敵討をさせる。そして改め方の密偵となる五郎蔵に平蔵は支度金120両を与え、これをお浪の身受けに使えという。五郎蔵(綿引勝彦)が眼を真っ赤にして男泣きするシーンが印象的である。
次にこの映画は五郎蔵(綿引勝彦)が初めて登場する映画でもある。以後五郎蔵は密偵達の頭領格として活躍し、150話中35話に登場する。
その内第48話「鯉肝(こいぎも)のお里」(文春文庫9巻)では、五郎蔵は密偵・おまさ(梶芽衣子)と夫婦になる。また第80話「ふたり五郎蔵」(文春文庫24巻)では、池波の先祖の地である越中・井波生まれの髪結い・五郎蔵(岸部一徳)が改め方御用達となるが、密偵・五郎蔵が彼を大いに助ける。
最後に歌舞伎に「