第19回『おまさ血闘』
平蔵は20歳の頃、父・
そんな時寝泊りしたのは、本所・四ツ目の「
忠助は無いところから盗らず、人を殺さず、女に乱暴をしない本格の盗賊であったが、平蔵を見て、侍の中にもこんな男らしい男がいるのかと大変気に入り、中2階の部屋を自由に使わせたのである。
当時10歳位だったおまさも、平蔵が大好きであった。彼が飲み過ぎた時は看病したり、翌朝白粥に梅干、香の物を添えたものを器用に作り、甲斐甲斐しく部屋へ運ぶのであった。
しかしそんなおまさに悲しい別離の日が近づきつつあった。平蔵が長谷川家の跡取りになることになり、屋敷へ戻ったのである。そして23歳の時将軍・
一方この間におまさは最愛の父を病気で失い、あの「盗人酒屋」をたたみ、独り父の故郷である
そのおまさが火付盗賊改め方の役宅を訪ねてきたのは、昨年の10月のことである。平蔵がすぐに会うと、おまさは30を超えていたが、黒くてぱっちりとした
おまさはこの時
さっそく平蔵は乙畑一味を逮捕したが、密偵の仕事は大変危険なので、おまさにさせるつもりはない。だがおまさの想いは余りに強く、久栄に相談すると、おまささんは貴方を忘れられないのです、それが女ですといわれたので、おまさの好きなようにさせた。
以来彼女は「まき紙・おしろい・
そして4か月が過ぎた頃、山田同心が平蔵に、先刻おまさに会うと、浪人の大盗賊団が江戸で大仕事をするといっていたと報告をした。しかしそれから4日経ってもおまさから連絡がないので、平蔵が
平蔵が御用聞きに断って、独り入念におまさの部屋を調べると、畳のへりに縫針が刺してある。すぐ畳をはがすと、一枚の紙があり、「しぶ江村、西こう寺のうらのばけものやしき」と大盗賊団の所在地が書かれていた。
すぐさま平蔵は今戸橋の舟宿へ行き、船頭・由松に、役宅へ駆けつけ、5、6人すぐ化物屋敷へ来いと伝えてくれと命じて船に乗り、渋江村(今の葛飾区東四つ木)で下り、由松はそこから陸路役宅へと駆け去った。
ここまではよかったのだか、通常2時間で到着する部下達が4時間経っても来ない。ぐずぐずしていたらおまさの命が危ない。夕闇も濃い。平蔵は単身屋敷へ乗り込む決意をし、見張りを警戒しながら、用水の小舟から出て、屋敷の裏からうまく侵入した。
母屋と離れをつなぐ渡り廊下をくぐり、木立の中にうずくまっていると、離れから
離れへ進み、障子に穴を開け、小部屋をのぞくと、おまさが縛られている。1人見張りの浪人がいるので、盗賊の男が帰ってきたように部屋へ入り、突風のように浪人を襲い、首を締めた。そして脇差で縄を切ると、おまさが、感動のうめき声を出し、平蔵へかじりついてきた。
「苦しかったろう」
「いいえ、こんなことぐらい、か、かくごのまえで、ござります」
その時別の浪人が小部屋の入口に現われる。平蔵は脇差を胸元めがけて投げて倒し、すぐ畳をはがし、床板をめくり、おまさをふとんと共に床下へころげ落し、床板・畳を元に戻し、行灯の明かりを消した。
苦悶する浪人の絶叫を聞いて、母屋に残る14人の浪人が小部屋の平蔵に殺到し、すざまじい血闘が始った。おまさは頭上にその物音を聞きながら、平蔵の無事を懸命に祈る。
長い時間が経ったが、急に人のどよめきが聞え、頭上の物音がしなくなった。平蔵が浪人を8人まで倒したが、追い詰められたところで、事故で遅れていた改め方が到着したのであった。しかし、おまさもしばらくして、頭上で平蔵と佐嶋与力が話をしているのを聞き、長谷川様は無事であったのだ、改め方の皆様が助けに来ていただいたのだと気付いた瞬間、感動が込み上げ、涙が止まらなかった。(第25話「血闘」文春文庫4巻)