第17回『平蔵の妹・お園』

 春のある日、長谷川家で昔中間ちゅうげんを勤めていた久助が久し振りに平蔵を訪ねてきた。彼がいうには、実は父上様には、上野の料理屋の座敷女中・おすみ様との間にもうけられたおその様という隠し子がある。京都西町奉行に御就任の折も、おすみ様に50両を渡して行かれたが、翌年客死かくしされてしまった。

 おすみ様は武州・堀ノ内の寺の前の茶店を買い、江戸を去られたが、お園様が18になられた時、30両を残し、亡くなられた。16の時から茶店を切り盛りされたお園様は、江戸で大きな店を持ちたいと思われ、10年程料理屋で働かれた後、3年前根津の門前町に手始めとして3坪の居酒屋を開かれた。店は大変繁昌しているが、後述するようにお園様の身に危険が迫っているので、是非助けてほしいとのことである。
 
 早速翌日午後2時過ぎ、平蔵が浪人姿でその居酒屋へ行くと、店は既に満員である。その中を見ると、色白で大柄な女性が若い客に「もう、それ位にしておきな。お前みたいな奴がだらだら飲んでいるから店が空かないのだ。さっさと出ていけ」と怒鳴りつけている。若者がすごすご出ていくと、客がどっと笑う。すると「笑うのじゃない」と叱りつけている。
 
 平蔵が店へ入り、毒舌で客と渡り合い、きびきびと働く女性をよく見ると、粗末な着物を着て、髪は自分で後ろに巻き束ね、白粉おしろいも紅もつけていない。だが眉が濃く、切れ長の眼で、鼻筋が通り、口は一文字に引き結び、きりりとした顔立ちは実に父と似ていた。

 それから平蔵は土地の顔役・松五郎の経営する料理屋・荒井屋を見た。お園は3ヵ月前から松五郎に自分のものになれと執拗にいわれ、何度も断るが、仕返しをされる恐れを感じ始める。相談された久助はすぐ店をたたんだ方がいいと強く勧めたが、意地っ張りで、恐いもの知らずのお園は、逆に一歩も引かなくなってしまった。

 さらに平蔵はお園が住む団子坂の農家の物置小屋にも行った。すると物置小屋を探る浪人と町人がおり、寺の門の陰に隠れると、町人が「今夜こんな仕事を先生にお頼みするのは筋ちがいと思いますが」といって通り過ぎていく。この言葉が気になり、平蔵は根津へ戻り、居酒屋の前の料理屋の2階からお園を見守ることにした。
 
 午前2時頃お園が店を仕舞い、家の近くまできた時、急に浪人が現われ、当身を食らって気絶した。もう一人の男がお園に猿ぐつわをし、手足を縛り、荷車のつづらに入れようとした時、平蔵が現われ、浪人を斬り倒し、男を気絶させて手足を縛った後、近くの知り合いの寺にお園を担ぎ込んだ。
 
 息を吹き返したお園は、和尚から運よく火付盗賊改め方長官に助けられてよかったといわれ、長官からは松五郎が危険だから役宅で暫く過した方がいいといわれ、素直に翌朝平蔵に付き添われ役宅へ入った。そこで呼出された久助に会うと、「おじさん、すみません」といって、物心がついてから初めてであろう、わあっと大きな声で泣き初めたのである(以上131話「隠し子」文春文庫23巻)。
 
 こうして役宅で過し始めたお園は、いつしか女中達と共に働くようになった。「これまでの生活を思えば、ここは極楽です」といわれた久栄は、すべてを打ち明けたかった。しかし妾腹の子ではないが、父が後でもらった本妻と仲が悪かった平蔵は、それに慎重であった。
 
 ところである日平蔵が、いつも自分を助けて活躍してくれる同心・小柳安五郎を居間に呼んだ時のことである。お園が入ってきて、小柳にお茶を出しながら、その横顔をちらりと見た。その眼の色がただの色ではない。お園が小柳に惚れていると感じ取った平蔵は、それとなく小柳に聞いてみたが、小柳は彼女に全く関心がなかった。
 
 数日後お園は平蔵に今度の事件への協力を頼まれた。喜んで承諾すると、雑司が谷の茶店(実は改め方が経営)に女中として派遣された。そしてここで行われた盗賊・峰山の初蔵と盗賊・大滝の五郎蔵(今は密偵)の会談の際には、お園は大滝一味になりすまし、初蔵を奥座敷へうまく案内し、大滝一味の女盗賊・おまさ(今は密偵で大滝の女房)を峰山一味へ貸すという合意の成立に一役を買ったのである。
 
 この結果密偵・おまさは峰山一味になり、押込み先の箱崎町の醤油問屋・野田屋に引込み女として入る。そして野田屋の次女が室町の吉田休甫先生に書を習う際のお伴になったので、お園も吉田家の女中となり、おまさと吉田家で十分に話をし、改め方と連絡する役を務めた。一番大事な押込み日を知らせる方法も、おまさが野田屋の者に吉田家での風呂敷の忘れ物を取りにこさせることに決められた。
 
 また万一の場合に備えて、吉田家の近くの古書店・文生堂も連絡場所とし、当面小柳同心が泊り込むこととなった。お園は夢のような幸福感に包まれながら、小柳におまさの言葉を報告に行くのであった。
 
 そしてある日お園は、おまさの話を文生堂の小柳、木村同心に報告した後役宅へ行くと、偶然小台所の女が平蔵の吸物に毒を入れているのを発見し、峰山一味の平蔵暗殺計画を阻止するという大手柄を立てた。またその日の深夜、千住で2件連続の放火があったが、これは峰山一味と連合する荒神のお夏一味の仕業であった。
 
 この動きから平蔵は押込みは明夜と見定め、翌日木村同心におまさへ忘れ物を届けさせてそれを確認し、深夜野田屋を襲った荒神・峰山一味を、お夏を除き一網打尽にした。
 
 この年の暮、小柳安五郎とお園の婚礼が役宅で行われた。お園の顔は興奮と喜びで輝いていたという(以上132話「炎の色」、133話「女密偵女盗賊」文春文庫23、24巻)。