VUCA時代のドラッカー /新鬼平随想録[第58回]

*2024年10月25日(金)

色彩あふれる紅葉の美しさが待ち遠しい季節となりました。
皆様いかがお過ごしでしょうか。

本日は、

  • 「マネジメントの父」ピーター F. ドラッカーのマネジメント論
  • 石岡慎太郎(JTEX理事長)による池波正太郎の小説『鬼平犯科帳』をもとにした「新鬼平随想録」
    第59話

について、ご案内いたします。ぜひ最後までご拝読いただければ幸いです。

~ピーター F. ドラッカーのマネジメント論についてのご案内~
VUCA時代のドラッカー


    「われわれはいつの間にか、モダン(近代合理主義)と呼ばれる時代から、名もない新しい時代へと移行した。昨日までモダンと呼ばれ、最新のものとされてきた世界観、問題意識、拠り所が、いずれも意味をなさなくなった。」
    -ピーター・ドラッカー訳:ものつくり大学名誉教授 上田惇生-

上記はピーター・ドラッカーの名言です。まさに私たちは、地球環境、世界情勢、AIをはじめとした技術発展による急速な変化など、羅針盤なき世界を歩いていると実感します。
ドラッカーは、現代は絶え間のない変化の時代にあり、それが今後も長く続くと考えていました。政治、経済、社会、文化、世界観に至るまでのあらゆるものが変化していくのです。
このため、政治理論、経済理論、社会理論などの旧来の「理論」は、実際に変化が起きた後で、一体何が起きたのかを説明するものであり、あまり役に立たないというのです。
ドラッカーは、ビジネスで必要なのは、こうした理論ではなく「行動のための原則」であると答えています。


    「成果をあげる人と上げない人の差は才能ではない。いくつかの習慣的な姿勢と、基礎的な方法を身に付けているかどうかの問題である。しかし、組織というものが最近の発明であるために、人はまだこれらのことに優れるに至っていない。」
    -ピーター・ドラッカー訳:ものつくり大学名誉教授 上田惇生-

ドラッカーは、会社をはじめとした組織というものは最近の発明であると言います。人が行動によって成果をあげるためには、習慣にすべき姿勢と基礎的な方法を身に付ける必要があり、組織はそうした個々の人の行動を統合し、成果をあげていくようにするのですが、私たちはまだそうしたことに慣れていないというのです。


    「組織に働く者は、組織の使命が社会において重要であり、他のあらゆるものの基盤であるとの信念をもたなければならない。この信念がなければ、いかなる組織といえども、自信と誇りを失い、成果をあげる能力を失う。」
    -ピーター・ドラッカー訳:ものつくり大学名誉教授 上田惇生-

SDGsが2015年に国連で採択される前の2009年にドラッカーは亡くなっていますが、SDGsに先立ち、組織の社会的な使命の重要性を強調しています。個々の人が貢献意識をもって働くことで、組織全体に目が行き、大きな成果をあげられるようになる。貢献意識をもつためには、組織の使命が社会に役立つものであるという信念を得られることが大切なのです。

「マネジメントとは成果をあげるために行動すること」

ドラッカーの「マネジメント―基本と原則」は名著として有名です。これを参考にした小説『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら』がベストセラーとなりました。
ドラッカーは「マネジメント」という言葉に「成果をあげるために行動すること」という意味を持たせていました。「行動する」という言葉には積極的な気持ち、意思の力が込められています。「どうやったら、もっと大きな成果をあげられるかと徹底的に考えながら行動する」という原理・原則が、ドラッカーのマネジメントなのです。

「行動することは今しかできない」

また、ドラッカーは、すべての組織は現在の視点と未来の視点のバランスを取りながら行動することが必要であると指摘しています。
なぜなら、「行動することは今しかできない」ことだからです。組織が、今、行うべき仕事として、次の3つをあげています。

  • 1.今日の事業の成果をあげる
  • 2.潜在的な機会を発見する
  • 3.明日のための新しい事業を開拓する

一つ目の仕事は「マーケティング」のことで、二つ目の仕事は両方の成果を大きくすることに関わる仕事です。三つ目の仕事は「イノベーション」のことです。
イノベーションは天才のひらめきではなく、明日に向けた仕事であり、それは個々人の毎日の行動に組み込まれるべきものなのです。

「ビジネスパーソンは全員がエグゼクティブである」

 ドラッカーは、成果をあげるべき責任を持つ人を“エグゼクティブ“と呼びました。現代のような絶え間のない変化の時代においては、ほとんどのビジネスパーソンが、ドラッカーのいう意味でのエグゼクティブになる必要があります。
一瞬の判断の遅れが命取りになるような現場では、階級が低い者であっても重要な仕事をしなければならないこともあります。任務の達成のためには、チームに対してどのように貢献するべきかを自分自身に厳しく問う姿勢が求められるのです。
ビジネスは戦争とは違いますが、行動への責任があるという点でゲリラ戦と似ています。各人がきちんと仕事をこなさなければ、組織の目的を達成することができないからです。

「製造部門はマーケティングやイノベーションを行う部門」

ドラッカーは、製造部門の特質をよく表す四つのコンセプトについて、部分の合計を超える全体をとらえる視点に立てるとして注目しています。

  • 1.統計的品質管理     → 人と機械に関わる視点
  • 2.活動基準原価管理    → 時間とカネに関わる視点
  • 3.フレキシブル大量生産  → 標準化と柔軟性という視点
  • 4.システムズ・アプローチ → 機能とシステムという視点

上記の四つの視点は、テクニックとして重要なのではなく、誰でもが全体の成果に目を向ける必要があることを前提にしている点で重要なのです。

「製造現場も経営者の視点をもつ」

 部分を超える全体という視点を組織に浸透させるためには、現場への権限委譲が大事になります。現場で働いているものであっても、経営者の目線で事業全体を考えなければならなくなるということです。
製造では、

  • 生産性が成果である。
  • 製造とは原材料を経済的価値に生まれ変わらせるものである。

という認識が必要で、これはドラッカーの考えるマーケティングの視点であり、またイノベーションの視点でもあるのです。
全体は目的意識によって方向付けされることが大切で、このために、全体の形態とか成果に至るプロセスを重視する必要があります。変化の激しい時代にあってはイノベーションの実践は当たり前のこととしてとらえられるようになるのです。

ドラッカーの仕事論から生まれた通信講座

ドラッカーのマネジメント論を読んでも、ビジネス現場での使い方がわからないという方が多くいます。JTEXはこういった声を反映して、ドラッカーの仕事のための行動の原則をわかりやすく解説する「世界一かんたんなドラッカー入門講座」を2013年から開講してきました。
ドラッカーの仕事論を中心に構成した「豊富な事例で学ぶ~世界一かんたんなドラッカー実践講座」(2015年開講)では、仕事で成果をあげるための5つの視点、「時間管理」、「貢献意識」、「強みを生かす」、「集中する」、「意思決定の習慣」を主体として、ぜひ、押さえておきたい重要な原則を解説しています。
この講座のレポート問題では、受講者は、総合出題として以下の3つのテーマから一つを選び、テーマに沿った自身が体験した事例での問題点をあげ、それに対し、ドラッカーの考えを参照にして、問題を解決し成果に結びつけた事例を記述します。

  • テーマ1:強みを生かし、成果に結びつける
  • テーマ2:成果に結びつけるための集中と体系的廃棄
  • テーマ3:成果をあげるための時間管理

なかなか難しい課題ですが、製造現場で働く多くの方がチャレンジし、ご自身の問題に真摯に向き合い、懸命に考え行動した結果を記述いただいています。

 実際に大きな成果をあげることは決して簡単なことではありません。正しいマネジメントの原則を理解しても、全力で尽くす姿勢がなければ成果をあげることはできないでしょう。しかし、正しい原則を理解していれば、仕事の重要な局面において、判断ミスをする可能性は大きく減少するでしょう。逆に大きな成果を挙げる可能性は高まります。
ドラッカーは先行きが見えない時代を生きる私たちに、今をどう行動するかという原理・原則を教えてくれています。
JTEXドラッカー講座は以下からご覧になれます。


鬼平犯科帳連載について

JTEXメールマガジンでは、石岡慎太郎(JTEX理事長)による池波正太郎の小説『鬼平犯科帳』をもとにした「新鬼平随想録」を1話ずつお届けします。息抜きにご一読いただければ幸いです。

作者の池波正太郎氏は19歳のとき(昭和17年)、小平の国民勤労訓練所(戦後の中央職業訓練所)に入り、萱場製作所で2年間、四尺旋盤を使って飛行機の精密部品を作り、そのとき体で覚えたものつくりの手順で、『鬼平犯科帳』を書いたといいます。
このように、この小説の背景は意外に深く、皆様もこの作品から学ばれる点が多いと思います。



第58回 秘密と越中・井波(2)

    長編時代小説「秘密」(文春文庫)には、越中・井波関係の長い記述が5ヶ所もある。先ずは1番目の原文とその備考をお読みいただきたい。

    [原文](前略)
    「おたみ……」
    「あい?」
    このとき、片桐宗春は何故、つぎのようなことをおたみに尋ねたのか、自分でもよくわからなかったが、それにはそれで、宗春の脳裡に一種の潜在意識がはたらきかけたのであろう。
    宗春は、こういった。
    「おたみ。お前、越中(富山県)の井波いなみというところを知っているか?」
    「そんなところ、知りませんよう」
    「そうだろうな」
    「私の生まれは、葛飾の新宿にいじゅくの在で、それから小千住こせんじゅへ売られてきて、そのあとは、この大むらですから……そのほかの土地は、見たことがありません。故郷くにの両親も親類も、みんな死に絶えてしまいました。でも先生、越中なんて、ずいぶん遠いところなのでしょうね?」
    宗春は、沈黙した。(後略)
    (「秘密」文春文庫233頁)

    [備考]最初に、粗筋で述べた様に、宗春は兄が千住で父と同様医者をしていることを知ったが、その2日後におたみと逢い引きをする。この会話はその際に交わされたものである。
    次に宗春がおたみに、越中の井波というところを知っているかと尋ねたのは、粗筋で触れた様に、彼がかつて越中・井波へ逃げた時、父の友人の医者に後継ぎになって、井波の人達をてほしいと頼まれ、そのままにしていたが、今こそ井波へ行って父や兄の様に医者として生きたい、そして井波で大好きなおたみを幸せにしてやりたいという願望が、意識の奥底にひそんでいたからであろう。
    最後に宗春はおたみに自分の秘密を一切話していなかったし、この時も、その秘密の一部である井波を説明する気持がなく、沈黙を守った。しかしこの沈黙には、おたみが初めて天涯孤独の身であることを知り、そんなおたみを絶対に幸せにするという新たな決意も隠されていたに違いない。

    続いて2番目の原文とその備考をお読みいただきたい。

    [原文](前略)
    「おたみ……」
    「はい?」
    「お前、いつでも、大むらを出られるか?」
    「……?」
    「出て、私と一緒に、旅へ出る気になれるか?」
    「うれしい。先生と一緒に?」
    「そうだ。行先は遠い国だぞ。それでもよいか?」
    「はい」
    いささかもためらうことなく、おたみは強くうなずいた。
    うなずいて、むせび泣いた。
    「泣くな」
    「で、でも……こんな、しあわせが待っていてくれるなんて……」
    「しあわせになるか、どうか、それはわからぬ」
    「いいのです。地獄へ落ちたって、先生と一緒なら……」
    おたみは、借金をこしらえて[大むら]へ奉公に出たのではないし、いままで何の迷惑もかけてはいない。
    「いざそのときになれば、私から大むらのあるじへ手紙を残しておこう。ただし、お前が出るときは黙って出るのだから、いまのうちに仕度をしておくがよい。荷物は小さく……よいか、小さな荷物だぞ」
    「うれしい、先生」(後略)
    (同 295-296頁)

    [備考]最初に、粗筋で書いた様に、その後宗春は逃げ隠れせず、医者として生きようと決心し、髪型も茶筅ちゃせんに変え、往診に出かけるが、料亭・大むらの娘は完治したものの、吉野屋は衰弱してゆく。この会話はそんな最中さなか、2人が会った時のものである。
    次におたみは、宗春の最初の質問で、なぜ大むらを辞めるのか分からなかった。しかし第2の質問で、一緒に旅へ出るためと分かり、嬉しかったが、どこへ行くのか分からなかった。そして第3の質問で、一緒に越中・井波というところへ行って暮らすことが分かったので、ためらうことなく、はいと、強くうなずいたが、すぐ、こんな幸せはない、先生と一緒なら地獄に落ちてもいいという想いが込み上げてきて、おたみは宗春にたしなめられても、むせび泣くのであった。

    なお、3番目以下の原文と備考は次回でお示しするので、是非続けてお読みいただきたい。(続く)




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2024年10月25日