第57回「秘密と越中・井波(1)」
第54回で御紹介した様に、池波の書いた長編時代小説「秘密」(初出、週刊文春昭和61年2月6日号―9月12日号)は、主人公・片桐
[粗筋]片桐宗春は京の町医者の息子ながら剣術に励む内に、
幸い医術の心得もある宗春は、勝庵が紹介してくれる患者を往診して生計を立てていたが、ある日、見知らぬ3人が自分に似た医者と間違えたのか、襲ってきたので、すぐ江戸を去り、逃亡の旅に出る。
3年後、宗春は千住へ戻り、往診を再開し、有名な袋物屋の老主人・吉野屋清五郎に喜ばれる。だが京で交際をしていた、兄が篠山藩士のお初が後妻に入っているため、宗春はすぐ往診をやめ、向島で百姓をする、滑川家の元・下男の福松の家に姿を隠す。そしてある日、近所の料亭・大むらの女中が福松の野菜を買いにくる。それがなんと3年前まで仲良くしていたが、火事で亡くなった筈のおたみであった。
おたみと再会した宗春は明るくなり、大むらから娘の診察を頼まれると、すぐ往診を開始して治療を行い、大変感謝される。またお初よりも病人のことを考え、吉野屋の往診も再開し、吉野屋から先生に最後まで看病してほしいと頼まれる。
ある日、宗春が父の形見の
父や兄のことが分かった宗春は、逃げ隠れせず、医者として生きようと決心し、髪型を
そんな宗春は吉野屋を最後まで看病し、大むらの娘を完治することを目途に全力を上げるが、娘の完治はできたものの、吉野屋の最後は早まる。ある日吉野屋は、御用達の篠山藩で何があったのか、お初の心は淀んでいる、後継ぎは養子にした若い番頭にすると打ち明け、数日後宗春に遺書を託し、安らかに息を引き取る。
その日、宗春は隠れ家に帰ると、旅仕度を始める。これからおたみと越中・井波へ行き、父の友人の医者の後継ぎになり、医者として生きたいと決めたからである。翌朝、宗春は向島の福松の家へ行き、大むらのおたみを呼んでもらい、明日夕方まで身仕度をして隠れ家に来てほしい、一緒に越中・井波へ行くというと、おたみはうれしいと答えるのであった。
翌日、木村は上野界隈で坊主頭の町医者・萩原孝節を発見する。宗春だと思った木村が追跡し、自宅へ入るのを見届けると、家老の次男に急報する。次男は助太刀の児玉と木村を
他方宗春も兄に一目会うため千住大橋を渡っていたが、次男達3人は既に孝節の家の前に到着し、折から降り出した雨の中、傘をさして外出する孝節を兄の
隠れ家に帰った宗春は、3人が引き上げたが、藩は自分を暗殺するであろう、またお初も明日吉野屋の本葬に出る兄に、この隠れ家等を教える恐れがある、一刻も早くおたみと共に井波へ向かわなければならないと考え、おたみの待つ勝庵宅へ行く。そして勝庵にその決意を伝えると、勝庵も賛同し、近い内に一度井波に行くといって励ましてくれた。翌日の早朝、宗春とおたみは千住大橋の途中で、勝庵にもう一度一礼し、井波に向かって歩き始めた。
以上が粗筋であるが、紙数が尽きたので、井波関係の5つの原文と備考は次号よりご紹介致したい。(続く)