メールマガジン
内定者教育のご準備はお済みですか? /随想 鬼平犯科帳[第13回]
*2026年9月17日(木)
虫の音に秋の訪れを感じる季節となりました。
皆様いかがお過ごしでしょうか。
本日は、
- 内定者教育におすすめの講座
- 石岡慎太郎(JTEX理事長)による池波正太郎の小説『鬼平犯科帳』をもとにした「随想 鬼平犯科帳」第13話
について、ご案内いたします。ぜひ最後までご拝読いただければ幸いです。
内定者教育のご準備はお済みですか?
内定式の準備とあわせて、
「内定式後から入社まで、内定者にどのような教育を行うか」
ご検討されていますでしょうか。
内定から入社までの期間は、社会人としての意識を高め、入社に向けた準備を進める大切な期間です。
JTEXでは、内定者の皆様におすすめの通信教育講座をご用意しています。
たとえば、
・社会人として必要なビジネスマナー
・仕事を進めるうえでの基本的な考え方
・コミュニケーション力
・文章力・言語化力
・コンプライアンスや情報セキュリティ
・業界の基礎知識
など、入社前に身につけておきたい基礎力を学ぶことができます。
通信教育なら、集合研修とは異なり、それぞれの予定に合わせて自分のペースで取り組めるため、内定者教育にもおすすめです。
「まだ内定者教育を決めていない」
「例年と少し違った教育を取り入れたい」
「自社の内定者に合う講座を知りたい」
という企業様も、ぜひお気軽にご相談ください。
内定者教育におすすめの講座
10月1日の内定式を、入社に向けた「学びのスタート」にしてみませんか。
内定者教育におすすめの講座をご案内いたします。
「新入社員の君へ~メーカーの基本あれこれ」
メーカーの新入社員として知っておきたい 基本的な知識や考え方を理解するために!
「新社会人コース」
新社会人としての基本をわかりやすく学べる!
「新人・若手社員のための食品業界入門講座」
(2026年10月開講新講座)
これから食品業界で働くための基礎知識をやさしく学ぶ!
「自分らしく輝くためのコミュニケーションUPコース」
(2026年10月開講新講座)
自分らしさを生かし、社会人のコミュニケーションを身につけよう!
「~これだけは知っておきたい~ものづくりの基本」
商品企画から研究開発、設計・資材調達・加工や組立の製造・生産管理・物流までの業務・技術を一貫して学ぶために!
鬼平犯科帳連載について
JTEXメールマガジンでは、石岡慎太郎(JTEX理事長)による池波正太郎の小説『鬼平犯科帳』をもとにした「随想 鬼平犯科帳」を1話ずつお届けします。
息抜きにご一読いただければ幸いです。
池波正太郎氏は作者は19歳のとき(昭和17年)、小平の国民勤労訓練所(戦後の中央職業訓練所)に入り、萱場製作所で2年間、四尺旋盤を使って飛行機の精密部品を作り、そのとき体で覚えたものつくりの手順で、『鬼平犯科帳』を書いたといいます。
このように、この小説の背景は意外に深く、皆様もこの作品から学ばれる点が多いと思います。

第13回 盗賊人相書
前回『兇賊』(文春文庫5巻)の鬼平は、九平を不審に思い、念のため人相書を作らせたが、もしこれをしていなければ九平は逮捕されず、鬼平は確実に殺されていたから、人相書も馬鹿にはできない。
『盗賊人相書』(6巻)もそんな人相書の話で、深川のそば屋に盗賊3人が入り、偶然便所にいた少女を除き5人を殺害した。しかし、この少女が盗賊一人の顔を見たため、近所に住む絵師・石田竹仙が人相書を画くことになった。改方御用の絵師・竹垣正信(幕府御抱え絵師・墨川宗信の内弟子)が休暇中だったからである。
この人相書から、犯人は遠州・無宿の熊治郎とわかったが、鬼平は竹仙が人相書を画くと無口になったのを怪しみ、熊治郎を知る密偵とともに竹仙を見張っていた。案の定、竹仙は動き出し、一杯飲屋に隠れている熊治郎と会って「人相書を画いているうちにお前だとわかったので逃げてくれ」と頼む。2人はかつて一緒に盗みをした仲だったのである。しかし、竹仙が殺されかけたので、鬼平はそんな熊治郎と手下2人を斬る。
『
『鬼火』(15巻)では、竹仙が久々に登場し、殺された浪人の人相書を画く。
最後に第6回の『迷路』(22巻)にも、人相書の話がある。鬼平は居酒屋・豆甚の親父とそこにいた女の人相書を、菊地夏信(正信の後任か)に画かせたところ、親父は矢野口の甚七とわかり、また女のいる盗人宿もわかった。その女が父親の盗賊・猫間の重兵衛に会いに行ったことから、事件の首謀者が彼だと判明する。
なお池波は、子どもの頃から絵が大好きで、挿絵画家になる夢を持っていた。だから竹仙が登場したときはなるほどと思ったが、意外に活躍しなかったのは、池波自身が昭和52年から絵を画き始めたからではないかと思う。
この年池波は、初めてフランスを訪れ、風景や人物をクロッキーにするとともに写真に撮って持ち帰り、水彩画を画いた。それからがぜん絵を画くようになり、昭和59年には、週刊文春連載の『乳房』の挿絵を自らが画き、夢を実現した。
私は平成元年5月、銀座で開かれた「池波正太郎・絵筆の楽しみ展」を見逃したが、平成15年4月、上田市の池波正太郎真田太平記記念館を訪れ、フランスで画いたパステル画35枚を見た。実に見事な絵で、とくにアルルを流れるローヌ河の絵が印象に残っている。

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